算命学に〈害〉という十二支の位相がある。
害は、心と体の不一致 としている。そこからストレス、病とも。
害は、支え合う位相を垂直に分断する位相である。
たとえば 寅-亥の流れを 寅-巳で分断する
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痛みも不調も、
変化しつづける体の通過点である。
それに名づけることで 闘いが始まる人も多い。
あたかも自分の体ではない別のマターのように。
消す、と。
おかしなところに気持ちを落としてみると
傷んでる箇所も まぎれもなく自分自身であった。
ああか こうか と暴れているのはエゴの方で
架空の体とチャンバラをするのだった。
その場所は 自分。
なんだ 敵ではない。
病と闘っている状態とは
世間がつくりあげたイメージなのかもしれない。
本来二つにならないものを二つにし
自分自身 が 自分自身を睨みつけているようなものだった。
病とは、症状そのものになく、害の言葉を借りると「心と体の不一致」
すなわち、心が体を(あるいは心の一状態を) 敵視した心身分離状態のそれを言うのではないか。
変化しつづける体の、それが 今そのものであることを受け入れる。
睨むでも 見つめるでもなく
居心地のよいソファで並んでみる。
心身をその調子の悪さに馴染ませてあげる。
1年かけて負荷がかかった場所は 本来、回復に1年はかかるのだろう。
子どもの成長をみてきて、自然とは大人が思うより随分「ゆっくり」なのだと知った。それでいて、適切な時を知っている。
急かすことは、まだ蕾である花をこじあけるようなものだ。
ゆっくり行こうじゃないか。
寄り添えばそれは ただの自分ひとつ だ。