3日前、大豆の収穫を終えた。
耕さず 化学肥料をくべず 農薬をつかわない私の2年目の畑。
「こんなんじゃだめだね。ぜんっぜん だめ。ほら、こんなに葉っぱばか大きくなってさ。大豆にとっては栄養がありすぎて、とうもろこしにとってはなさすぎる。」
ははは。な、なるほど..。
かつてここの畑を使っていたご近所の奥さんに 朽ち果てたとうもろこしと 大豆をとことんディスられ落ち込む。私に対し 正直なのだ。
それでも私はこの粗末な大豆をかき集め
今年も味噌をつくるという使命がある。
鎌で刈り上げる。
1枝1枝 個性がある。
カラカラで丸々した大豆らしい優等生を輩出する枝
虫食いばかりを実らす枝
枝豆かよっていう若々しい枝
なるほど奥さんの言うとおり
葉が大きく生き生きしているものほど 実りがない。
一見、よく育っていると思っていたのに。
脱穀
馬鹿げているが、
大豆の脱穀はヒトサヤずつ手で行っている。
去年も今年も降雪迫るこの時期に半数がカラカラになりそこねたから。
(カラカラだと叩けば実がおちるはず)
家事と仕事の隙間時間に
家族が寝静まったあとに
コツコツと
効率がどこにもない わたしのかげがえのない仕事。

とうとう雪マークがついた。
畑としばらくお別れ。
4月まで雪の中に眠る。

寝静まる直前の
冬の畑の美しいこと




枯れるって 本当に美しい。
植物たちがそのまま朽ちていく姿をみていると
老いていくのも
死んでいくのも
自然なことに思う。
喜劇と悲劇を演じる私が
タペストリーの 一文脈に過ぎないということ
なんて ちっぽけ
自由
のびのびする。
生命の根源に還る冬。