癸
ki/mizunoto
基本性格
自然界でたとえると雨や霧
母のような慈しみと育みの心
静かで 優しく 知性的
水は集積すると 計り知れない力
万物の情報を蓄積する

完 完 完
生きていると どこが痛むとか 違和感があるとか、こういう気持ちがあるとか次はこうしようとか、 なにかどこかに心が留まるというご経験があるかと思います。身体の稽古のなかでもよく「意識を◯◯に置く」と、置き場所を据えますね。それはそれで結構なのですが、今年の癸(みずのと)さんは「心がどこにも留まらない、だから どこにでもある。」という状態が生まれます。
どこに偏るでもないから、必要な瞬間にありあわせの心で応じることができます。
粘つきがなく、さっぱりとしています。ことしは常に動いているような忙しなさが生まれてきますが、その用事のひとコマひとコマが連結せず あちこちに点在しているイメージ。普段が1冊の小説だとして、昨日今日明日果てや3ヶ月が編み込まれてひとつながりになっていたとすれば、今年は超短編小説集(ショートショート) のような暮らしぶりです。前者は今日の分を心に残して 明日も読むであろう私がいるのですが、後者は即完結します。
暮らしに陽がさします。
今年のムードは〈手入れ〉です。目に映る全てをまんべんなく手入れしてていこうと思います。
手入れといっても大掃除やリフォームといった大改修ではなく、生活であれ 仕事であれ 学習であれ 今年のそれは「小さな立ち上げと収束」の繰り返し。
とくに生活、ひいては人生そのものは 見ようと思えば際限なく手入れが続いてしまうものですが、その連綿的な生活のなかで 小さな何かを立ち上げて終わらす。
今日はここの引き出しを本気で整理する → 完了。丁寧にお茶を淹れる→ 完了。この章を解く → 完了。
このように連綿のなかで、小さな始まりと完了をちりばめていく姿があるようです。
リフォームやお仕事のプロジェクト、当然そのような長期スパンは現実あると思います。しかし、あなたの心のあり方は 一日一日・一瞬一瞬 で完結していて、次の動きに 気を残さないのだと思います。また始まったら始まればいいのだし。今日はもうそれで終わり。
過去への悔い、未来への計らい、他者への執着や想念、そのような煩いが残りにくく 体の動くままに一日を過ごすだけ。
特に周囲から要請がかかり、あちこちでお世話を頼まれ「ひっぱりだこ状態」になることも。
そんな中、あなたはあくまでご自身のペースを崩さずに、できる範囲について手がけていくのです。「それはできるけど、これは知らない」と範囲は明らかで無茶をしません。動き回ることが多くなるので体は疲れるけれども 気疲れは少ないのです。
なんせ 2026年という1年の気は夏。あなたの質は 癸=水 。蒸した空間は停滞するとカビが生えますが風で水が動くことによって清浄を保ちます。自然はことしの癸さんに ささやかだけど絶え間ない動き を与えました。水蒸気の粒子が絶えず動いているようなイメージです。動きのまま動く・心をどこにもおかない。
生活も勉強もキャリアもお金も、いつだって「途中」だと言えます。それらは時間とともに減ったり増えたりし 少しずつ見える景色も変化しますし、バランスをみてこちらからちょこまか手をかけてやらないといけない。
有形無形問わず そのように悠久のスパンを持つテーマに関し あなたは今年 スタートラインに立ちます。昨年は楽しみや遊びが ぶわーっと広がるような年でしたが そのなかで生まれた 調子のいい芽をすでに育んでいるのかもしれませんし、今年はもっと いい意味で軽はずみに 種子をまき、芽を育てていくことができます。「始めるぞ」という気負いさえないのかもしれません。
欲しいとか 熱烈な想いとか ご自身の感情が間髪入れず動作に結びついていく時期なので これいいなと思ったらあれこれ理屈つけずにとりかかっているような、そんな大胆な軽さとスピード感があります。
そうして様々なとっかかりを体験してみて、あなたに合うものをはそのまま手入れがつづいていくでしょうし、合わないものは自然と散り散りになっていくのだと思います。目にみえる結果がすべてを物語ってくれ、来年には「これだ」と、テーマがぎゅーっと限定されていくような流れにあるので今年は 選択 に関して深刻になる必要はないのです。
むしろ可能性を無数にもっていること、点在していることが自然な段階です。
*
• 精神と現実
精神 ★★★★★★★★
現実 ★★★★★★★★
(その場その場でどちらかを最大限発揮する。)
•家庭
手入れの積み重ね。家族の用事を引き受ける。
•仕事
瞬間に最大の力を込める。
だらだら続かせない。
•経済
少しずつ勝手に貯まってる。
•愛
素朴なもの。必要に応じて与えるもの。