
年長の運動会でママとポルカを踊った。
ふくらんだお腹の、緑のチェックのワンピース。
パパと入ったダンボールキャタピラー競争はビリで、皆の注目を浴びてゴール。生まれてはじめて「恥」と父への恨みの気持ちを味わった。
ママと踊れることは嬉しかった。
お腹には妹が入っていた。
*
ママがいなくなったことは憶えていない。
気づいたらいなくなっていて、
保育園帰宅後のある夕暮れ、といっても 外は真っ暗の。パパの車に乗せられて お花屋さんに着いた。
車内では ♪ちゃーらーへっちゃらー♪ とドラゴンボールが流れていた。
わたしは淡いピンク色のチューリップを指差した。
お姫さまが持つ花束のように 包んでもらった5本のチューリップを私が持つ。
「下に向けたら」
小さな私が持ちやすいように、パパに花束を下向きに変えられ、私は気が気でない。
花束というものは花が上なのだ。なぜなら花は下から上に生えるものだから。上向にしないと花が死んじゃう!
右手はパパ。左手に花束。パパに気づかれないように花を、せめて真下よりも斜め上にケアしながら歩く。薄闇の駐車場の白線を感じて。
快適そうな部屋に赤ちゃんがいて、パジャマ姿のママがいて、あ ママいなかったんだと気がついた。空間も、気持ちも、すべてがピンクだった。
布にくるまれた妹を抱っこして、わたしがお姉ちゃんなのよ!と、強い強い自覚が芽生えた。

以降
妹を召使にし、
だまし ひっぱり のばし ぬすみ、
幼稚な姉だった気がする。
私も彼女に噛みつかれ、髪の毛をドサっと引っこ抜かれ、そのたびに怯んだ。

▲ これは妹の交換日記である。夢でも、おねいちゃんにたいせつなものをとられている。
けれども、笑いの感性を共有できた最も身近な存在でもあった。
小学生のとき 富士山の山小屋で、裸電球に照らされながら 眠る父の陰影がツボに入り「ねえ、みてみて。」と 私が トゥルトゥ〜と効果音(必殺仕事人のメロディ)を添えると妹にも刺さり二人で笑いが止まらなくなった。声を極力抑えて笑いにのたうち回っていたが、山小屋のスタッフに二度注意された。
大学の勉強に勤しむ妹のまわりを ふざけて舞ったり、トレードマークの唇をのばしていたら
「てめぇ それでも24かよ!!!」と24歳のときに怒鳴られ深く反省。
自分だけが子どもで、妹はもう大人で 他者なんだと気づく。

目が開かないベビーにはこんなことがあったなんて知らないと思うけど、5本のチューリップをもう一度あなたへ。あなたの名の源である樹木と共に。
