Threads で 父に言及したトピックがバズっている。


父: 〈午未天冲殺〉
母: 日座天冲殺・異常干支〈申酉天冲殺〉
私: 宿命二冲殺・互換天冲殺・異常干支 〈午未天冲殺〉
妹: 生月天冲殺・異常干支 〈子丑天冲殺〉
はて。家族で一番変わっていて 浮世離れしている人物が算命学的には「ノーマーク」なのである。
このブログで何度か登場している父・タカオは、小学校で 理科の他に「特別支援クラス」「言葉の教室」をうけもっていた。言葉の教室とは、発語の未完成や吃り、何らかの理由で言葉に課題を持つ子どもたちのお教室のことだ。


退職した現在は不登校の子どもたちと一緒にすごしている。
「パパ、もうすぐ死んじゃうかもしれない。」と小さい頃に何度か告げられ、私はそこから 死 に対する漠然とした恐怖が早々に芽生えた。この人は、このように喪失を匂わせることがよくあった。
癇癪持ち。入念。神経質。誇り高きあまのじゃく。布団で寝ない。財布というものがない。車は小さい石だらけ。部屋がまるで理科室。部屋でアゲハ蝶を羽化。水筒は宝焼酎。字が異様に上手い。家族旅行でたまに消える。東京旅行のときは遺書を書く。
大学院時代、お金がなさすぎて研究室のシャーレでエタノールを飲酒。

私が産まれた時、ミルクを与える時間が午前3時だったそうで、そこから今に至るまで午前3時起床のルーティンがある。
本人曰く、「自閉とADHDの傾向にある」とのこと。
自閉症の子どもたちと長年過ごしてきて気づいたこと。
ルーティンやコースにこだわりをもっている。
小学生時代、じっとしていられなかった父は授業で脱走して木登りをしていた。
「たかおちゃんと遊んではいけない」
他のお母さんたちは子どもに言いつけた。孤独だったと思う。
午未天冲殺よろしく、子どもが産まれてから 彼は私をダシにして自身の子ども時代を復元しているように見えた。私の感情はさておき、私たち姉妹の成長度合いにあった遊びや挑戦のアイディアを示唆し、伴奏しているふりして自分がエンジョイしているのだ。
小学校の夏休みが始まる頃「やろう!!!」とルンルンで自由研究のテーマを示唆する父。指示するのでなく あくまで示唆 するのだ。示唆されたら「やる」と言うしかない。結果、充実したものができて、学校で誉れを授かることも多々。(あたりまえだ)
私が 中学・高校 に入学すると「私と全く同じ教科書・参考書」を書店で購入し、自身も同じ勉強をするのであった。
アカデミックを好み、私たち姉妹はそれぞれ大学巡りの「旅行」に連れて行ってもらった。
泊まりがけで志望校の近辺を巡るのだ。
私が浪人することが決まる頃、母は私を数ヶ月無視し、父は歓喜した。
「浪人」という響きがアカデミック心をくすぐるらしい。
浪人時代のお弁当も送り迎えも全部 父がうけもってくれた。
4年生の秋になっても私が就活をしていないとわかると、母は勘当レベルに激ギレし、父は歓喜した。「大学院に行ってみたら」と父から勧められ 父は母に 何言ってんの と叱られていた。
嗚呼、これ申酉と午未っぽいエピソードで好き。
申酉天冲殺の母は生きていく現実「生業」を重視し
午未天冲殺は経済そっちのけで「学術」に傾倒する。
父のちょっとした行動が反響し、想像以上に面白い存在なのかもしれないと気づく。
こんな羅列しても、父の人柄の妙をひとつの記事で形にすることができない。
さくらももこの 父・ヒロシ も連載を重ねて味がわかってくるものだ。
父に関するエッセーを ZINE(小部数の本) などひとつの書物にしてみようとひらめく。以前から 父 と 祖母(父の亡き母)のケアマネさんとの介護日誌があまりにも独特なので、公開したいと考えていたほどだ。
私自身のことを書いてもバズらないのに。
私は私のことを主張するより(調舒)
ありさまを描写したり 稀有な人材を 照らすほうが合っているのだろう(鳳閣)