忘れる


きょう、鍼とお灸を背中に据えてもらっているときに 鍼灸師さんが「(2024年)占いみました」と。


まどろみの中で、書き起こすことができないような絶妙な言葉をいただいて


その中で彼女が

「家族の分も含めて これを今 読むこむ楽しみもありますし… 日々の生活に追われると占いって忘れるじゃないですか。それを経て、また思い出した時に見直したら、そのたびに見え方も変わってくるだろうなって。」

おぼろげに そのようなことを仰っていました。




それこそ 私が理想とする、占いとの付き合い方・楽しみ方なのです。



なんでもない生活に戻る、
そして一度 “忘れる” ことが肝だと思う。


わたしは一番初めのお客さんに「この鑑定文を引き出しに入れて、一度お忘れになって、また思い出した頃に楽しめたらいい」と生意気にも言い添えた記憶があります。





なんて書いてあったか忘れた、でもそれが通りすぎた気配はある。


書き手が発した言葉のまとまりを通過する読者の心が、なにか一点と「ピン」と重なり合ったり 化学反応をしたその動きによって読者の心に匂いを残す。

「あー、なんて書いてあったっけ…ほら…..」と 言葉自体は再現できなくても、ご自身に必要なところは無意識にキャッチしていると思うのです。

だから安心して忘れたらいい。
学習用でないのなら。

占いに限らず、読書でもそうだ。





ちなみに

本の中の言葉をありありと再現できる方…
いるじゃないですか。ご高齢の方でも。
このように言葉を刻印している方って、玉堂星もっているに違いないと…命式みたいわ、なんて思います。

知的好奇心が強いから言葉から受けた感覚(無形)が、言葉(有形)の輪郭にまた達して 刻まれるのでしょうな。




鍼灸師さんの畑で育った玄米でつくられた玄米珈琲
「占いのおれいに」 わーい!

ああ、これはいい。香ばしさを感じていたら米の甘さが追ってくる。

ブログを書こう。(そして今 書き上がる)







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