西暦新年。
おおみそかの夜に空を見上げたら、見える星が増えていることに気づきました。
それは都会の灯りが消灯してるからでしょうか。
父から依頼の年賀状をつくりつづけて10年。
この依頼があるため、わたしは年に1回 否応なく 「アイディアを考えて絵を描くこと」に向き合うことになります。美術以外のことが楽しいときも、引きこもっていたときも、赤ん坊が産まれたときも。
これ報酬として参萬円もらえるんです。やるしかないでしょ!
娘に「おとしだま」を、 おとしだまじゃない形で
渡しつづけることができる
娘に 絵を描きつづける機会を与える
大学時代から始まった
父なりの無言の作戦なんだと思います。
↑ ことしは運動会で沖縄民謡を踊った孫(わたしの子) を..
今、静岡の実家でこのブログを書いています。
千葉から首都高にでて、東名高速へ
カンカンな西日に向かって サングラスしていても
目がランランになって、富士山と御殿場アウトレットが見えた時には「ほっ。」
やっとテリトリーに入ったなと安堵しました。
(わい、運転してないけどな)
このブログも昨年の秋に3年目に突入。
読者も年輪のようにじっくりと増えてきて
「ブログかこう。」と ここに訪れると
Like の通知が迎えてくれるので
「あ、よんでくださる方いるんだ!」と励みになっています。
2023年のわたしの楽しみ (東方風味)
《ものづくり》
絵を描くこと。
オイルパステルと水彩、鉛筆。
粘土で焼き物の作成もしてみたい。
《十干別 どんな年になるかな占い》
直近のプロジェクトは、十干別 2023年【癸卯】が どんな年になっていくかなというのを仮説をたてて、干支暦新年までにこのブログに掲載すること。
これは、西洋占星術の先生たちの影響。わたしは西洋占星術は門外漢で、キャピッと「かに座」を楽しく読んでいる立場だけど、いろんな先生方が楽しそうに書いているのを いいな〜 と指をくわえて見ている。
算命学は、その人を代表する〈日干=心〉に対し たすき掛けに見ていくことに良さがあるから、なかなか日干だけで、その方の1年を満遍なく語るというのが難しいし、それが算命学占いの全てだと思われることがもどかしくもある。
でも、やってやんよ!(だめだと思ったらやめる)
《算命学》
自分の算命学占いの技術を、どう社会につかっていくかまだ模索中だし、これからも模索しつづけるんだと思う。わたしが120% 力を発揮できるのは、いまのところ「鑑定書」。昨年は干支絵のドローイング・手描きのちょっとしたイラストとともに コピー&ペースト を超えて言葉を紡いだものを渡してきた。その人にはその人なりの天胡星なり禄存星がある。
わたしがいままで産み出してきた鑑定書は、世界一。なぜなら、わたしが世界で一番ほしいものになっているから。
ご依頼主さまにはお時間をいただくのと 私自身多大なエネルギーを使うので 大量生産はできないことが難点でもある。だからお休みするかもしれないし、続けるかもしれない。
わたしの鑑定書は、算命学を習っている方や先生方にこそオススメしたい。(算命学を知っている習っている方から依頼がくるとわたしが本当に嬉しいので。水を得た魚のように「ねえ!聞いて。」と 容赦無く語ることができるから!)
ことしもまた、手探りで不透明。
その場その場で最適なかたちでやっていく。
なんせ、変幻自在・気分屋の 天報星がいるし
自分を最も破壊するのは天庫星的な在り方なので
ひとつのことに凝り固まってしまうことを本能的に避けているのかもしれないな、て。
【解説】 亥 未 午 これ、わたしの東西線ですが 宿命半会〈亥未〉・支合〈午未〉を両手で支えるのが 《未・天南星》であります。 この合を崩すものがあるとするなら、対冲点の《丑・天庫星》でしょう。 天庫は一業専心の星意がある。 ぶっ壊れるのも悪くないですが、 命式全体が合がなので、丑は 相当疲労 します。しました。
…………
あしたはお餅をつきます。
杵と臼はないけれど、
鍋と棒で トライしてみよう。
大根おろし醤油で食べるのが大好きなんだ。