今川焼

こんばんは。ななこです。

前回のブログを書いたその日の夜、母が息をひきとりました。

父から「息をしているうちに一目会いたいという気持ちがあるなら、近日中です。」とメッセージを受け すぐに翌日の始発列車を手配しました。

その2時間後に 妹から「ママの呼吸が止まったって」と急ぎの電話がきました。

病を得て、投薬をやめてからは自宅で療養する日々でした。日干 甲戌の人でして、甲(樹木)のごとく非常に真っ直ぐで頑固、生涯を小学校教育に捧げた女性です。66歳でした。

わたしが算命学にたどり着いたのは、この母のおかげであり、幼少期からの母との関係に痛いほど悩んだ末「わかった。」という深い了解とケアをみたのが算命学でした。つまり、母に悩まなければ算命学に好奇心を寄せていなかったと思うのです。毒親というと慰められる気がするけれど、1人の人を良いだとか悪いだとか毒だとかシンプルに片付けて切り上げるには私は執念が深すぎたようです。毒でもあり薬でもあり、一時が万事塞翁が馬で、悪役や起爆剤となり 私の性質の何かを引き出してくれたのも母で、その成れの果ての自分自身に私はけっこう愛着を持っています。

それで手配どおり始発で、長野から静岡に下り、今、実家にいます。

皿を洗っていると、妹と父が、『母と最期に交わした言葉』について話しています。

この1週間は喋ることもできない状態、表情と頷きだけで会話する状態でした。

そんな母について、父が

「4日前にね、なにか夢をみたように『おとうさん。今川焼 いっしょにたべよーね。』と言ったんだよ。幼稚園の 4.5歳くらいの可愛い女の子の声でね。ママのあんな声、はじめて聞いた。」

もう、何も口にすることはない母のために

父は今川焼を買いに走りました。

棺に入れる分を また買いに行くことでしょう。

小さな女の子は、私の父といたのか 先立った大好きな「お父さん」と一緒にいたのか。

今川焼を誰と一緒に食べるのかな、と思います。