ものごとをありのままに伝えることに神経を注ぐ【鳳閣 x2】



独白する。


「ミカワさんは文章力とプレゼン能力を磨け」と師匠に言われる。実習のときに干支の意味や、星の読み解きで文章をつくり講評してもらうのだが、今回の文章もまた師匠と仲間を笑かせてしまった。「脚色が入ってるね」「自分の色、個性を出したがるという個性をもっているんだから、その価値を認めてもらう場にいくといいよね。」と文章の講評というより人間性の講評になってしまった。



「はあ!? 脚色なんてしてないやろ。」と自覚はないのだけど、いつも的確な師匠が言うのだからそうなのだろう。皆さんを笑かせられたのでOK。



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わたしの命式には鳳閣が二つある。中心と東方。鳳閣は陽の伝達で、『ものごとをありのままに伝えたいという本能だ。マスコミや報道関係に向く。


しかし鳳閣が二つあると調舒化する。& 同じ星が二つあるということで貫索的意味合いも出てくる。同じ星を二つもっていると、その星の意味合いが強まる場合が多い。 (+ニュアンス貫索) 

池上彰[ジャーナリスト]、マルタ・アルゲリッチ[亜・ピアニスト]、木村花[プロレスラー]も中心と東方で鳳閣をもっているよ。ちょっとちょっと!この方の文章テイスト、親近感湧くww と思って調べたら 池田真朗(民法学者) も西方東方にダブル鳳閣きてるじゃないの。




その中でなぜ鳳閣は例外なのか? 鳳閣は陽火性で火性は五行の中でもエネルギーが強い。強エネルギー×強エネルギーで、『陽極まり陰に転じる』。なので陰火性の調舒になる。調舒になると言っても、鳳閣は鳳閣として生きているのだが。

『ものごとをありのままに伝えたい』という鳳閣は大衆的で、それに対し調舒は『ものごとをより完全なものに加工、美化して、伝えたい』と個人的なものになる。


調舒の伝達は《ものごと・自分の思い》という光を《プリズム》を通過させて世間に投影する。一旦、自分の中で解釈、加工して世の中に光を通す。プリズムは文字であり、芸術であり、音楽でありダンスである。むしろそうしないと、調舒の良さは大衆は理解しがたい。そんな調舒は、画家や音楽家の命式でよく見かける。


師匠に文章をみてもらうようになり自分はかなり調舒なのでは、と気づき始めた。鳳閣という星を気にっていたので、それに執着していた。


ものごとをありのままに伝えることに神経を相当注いでいるのに「脚色」?
そうか、ありのままに伝えることに『神経を相当注いでる』からそれが調舒の世界なのかもしれん。それは、他者からみるともはや《ありのまま》ではないのかもしれない。


わたしの伝達本能に於いては、鳳閣であるために調舒を発揮しているという感覚。


『ものごとをよりありのままで伝えるために加工している』と言いたい。


文章というプリズムをつかって、ものごとの、解像度を高めて伝達したい。
リンゴが地面に落ちていたのなら、その形と色の描写だけでは耐えられない。リンゴとその周囲の、匂い・湿度・温度・汚さ・虫食い、腐敗、なども伝えたい。
わたしは虚偽や美化に耐えられないから、絵を描くにしても、この世にない物 (天使・神・装飾etc.. )を描けないし、虫食いのリンゴを綺麗なリンゴに化けさせて描きたくないし、写真を参考にすることはあっても、トレースは絶対しない。


それが独りよがりのものになっているかもしれない。
このような個人的なブログならいい。書き手の文章が好かなかったら、もう二度とここへはこなくなるだろう。しかし仕事をする上で、特に算命学のような分野では「自分がこう思っている」を混じえるのは、それは純な算命学ではない。「自分がこう思っている」と「結果」を区別しなければ。

しかし、教科書のや決まり文句の羅列だったら人工知能でもできる。無料の鑑定サイトはたくさんあるので。


あくまで思想と説と論の範疇で「加工」して「解像度を高めて」クライアントに伝えなければね。

“Hi” from Czech Republic






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