【麻三斤】己土の庶民性とその霊性


ある禅匠に「仏」とは何かと尋ねた

その答えは

「麻三斤」



麻三斤 (まさんぎん)

麻 とは衣類の素材
三斤 とは1着分の織り糸


仏とは何でしょうか?

それは「麻、僧衣一着分」
であると


鈴木大拙 の文章にこの禅問答はあり
原典は『碧巌録』である



それを見抜くのが禅の修行と








これは万物に神が宿っているという
アニミズム的な解釈をしては見当違い





麻は身近な衣類の材料


綿もそう


いまわたしは綿を着ている



麻糸が三斤あれば 作務(生活行動)するのに申し分ないコロモができるよ


そういうことだ






仏とは 「いまここにあるそれ」だ

どこか遠くにあるんでなしに
今生活に骨折っているその姿だ

絹の僧衣 金糸の僧衣 をまとった
大きな仏さま 煌びやかなものではなく



飯を喰ったら皿を洗い
トイレットペーパーが終わったら芯を捨てて新しいものをセットする

玄関を掃き 今日の献立を考えて
家族の帰宅に合わせ 麺を茹でる

来客があれば 茶を淹れる



定例の家事
名もなき家事


ちり紙をスッと拾う

その姿







算命学は

木・火・土・金・水 の五分類をさらに陰陽に振り分けるが


「陰土性」といえば

有形世界 (目に見える)では 「」(人が住む場所・田園・平地)
無形世界(目に見えない) では「司禄星



この陰土


人が住む場所である 山岳以外の平地である
当たり前にあって 日常生活を営む足場
一見ありがたくない場所



庶民性を表す




師は「庶民なんすよ!(見た目は) 横拡がりで深みはない」
あの「あそこのスーパー明日 10%割引だよと口コミし合う姿」

とか 俗っぽく言い換え ユニークに表現していたけども

たしか「俗」に落とし込むとそうだ
庶民的な人間とは そういうことだろう
家計のやりくり工夫も 陰土 司禄星の質





わいは この陰土にこそ 禅的霊性を感じる


禅仏教に影響をうけた書を
長いこと目に通してきたから
そう読み取ってしまうのかもしれない




日常の場所 ありふれた場所 雅ではない場所
日々是好日 を実践する場所


樹 草花 陽光 火 山 金物 生活道具 宝飾品 海 運河 雨 湿気


それらを全て包含している場所
矛盾の場所




この 「横拡がりで一見深みのない穢土」に仏性がある




麻をサッと見に纏って テーブルを拭いて
トイレ掃除をすること
そして目の前の仕事に没頭する




「深みのなさ」が深みである






自分の心を観察して
自分探しをして
日常生活がおよそになるくらいなら

算命学で (仮にでも) 明確にしてしまえばいい
すると日常生活にとりかかりやすい


高尚なことなんて何もない


ここでは算命学を 日常生活にスッととりかかるための
目の前のお仕事にとっかかるための
単なる手段(道具) としか思っていない





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