となりのトトロ草壁家を算命学で分析してみた結果





おそらく何十年かぶりに となりのトトロを見ました。
子供が好きになるかなと期待してTSUTAYAで借りてきたんです。


1994年に 祖母が金曜ロードロードショーを “ビデオ” に録画してくれて、お泊まりするたびに 繰り返し見ていたので セリフはいまでも身体が覚えているほど染み付いていました。



あのころはメイの目線で 好奇心と夕暮れの不安さ一色で見ていたのに、
今ではお父さん草壁タツオ目線で見てしまいます。


仕事と育児の両立

子供が寝静まった夏の夜更の勉強


「メイ、座って食べなさい」(泣)

こちら仕事中に お花屋さん にさせられること

七国山病院から帰宅したときにメイの失踪事件を知り、
あのあと村中に詫びを入れにいくはめになったんだろう..

とか





同時に、算命学者バイアスで草壁家を分析をしていました。



その 「妄想」を ここに書き残しておこうかな、と。



シンプルに天冲殺理論だけで語っていきます。








草壁タツオ (お父さん)

予想: 午未天冲殺 or 子丑天冲殺

タツオは知性でもって 子育てを楽しんでいるところが午未天冲殺のにおいを感じました。

【午未天冲殺を例に ‘天冲殺‚ を解説】
天冲殺は誰もが持っている運命の型で、東/西/南/北/中央/天 の算命学観念図でいずれかが欠落することによって、傾斜(動)が生まれ、自分ひいては社会全体が進歩向上していくというメカニズムです。

午未天冲殺は南方(目下・子供)の欠落のため副作用的に反対方向の北方(知性・学術的) へ傾斜します。表面上は知的で学術的な理屈めいた性格があらわれます。天冲殺の欠落部分というのは欠落しているがゆえに本人の欲望となり その部分においては 手に入らないことが自然であり 入ったとしてもそれに対し執着すると上手くいかない満たされない。という精神的なハンドリングが難しい部分になってくるのです。触れたいのに、直接は触れられないイメージ。なのでその欲望(=欠落)を手に入れる間接手段として 「反対方向じみて」きます。

午未天冲殺は子供と接する手段として「知」「理性」を用いる傾向にあります。そして子供に物事を工夫し教える一方で子供を知的好奇心の対象で見る。観測するといってもいい。タツオの職業は考古学者なので もともと学術世界の人なのですが、その香りが子育てにも滲み出ています。「きっと、ずーっとずーっと昔から、ここに立っていたんだね。昔々は、木と人は仲良しだったんだよ」とアニミズム信仰を 小学生の幼児にわかりやすく語る。子どもとの生活で タツオは感情的になることもなく、淡々と、わかりやすい日本語だが子ども相手だと見下してもいない論調と態度で娘たちに接していきます。それは「理」がないとできないことです。

しかし、草壁タツオは昭和30年前後の時代にもかかわらず 両親と同居せずに 独力で家庭を築いています。セオリー通りに考えれば、初代運の子丑天冲殺か、はみだし運の辰巳天冲殺・戌亥天冲殺かな、と推測できますが わたしは彼は天軸グループではないと思うのですね。ならば子丑か午未だろうと。印象としてはタツオから子丑天冲殺グループが醸し出す独特の華というか重厚感..「明」の雰囲気を感じ取れないんです。(タツオは 現実欠落傾斜の申酉天冲殺・寅卯天冲殺では、まず ない)

午未だろうな。宿命天冲殺もちの午未天冲殺かもしれません。



草壁さつき (おねえちゃん)

予想: 寅卯天冲殺

寅卯天冲殺は 東方(対外関係・母親・友人) の欠落で、反対方向の西方(家庭・配偶者・休息)に傾斜します。表面上の性格は西方(攻撃本能)のムードが出てきます。
さつきちゃんはしっかり者ですが 家でも外でも気持ち的には忙しなく、あちらこちらで気を巡らせている様子。彼女、転校後すぐにお友達ができていましたよね。「もう友達ができたのかい?」「うん!みっちゃんっていうの!」と飯をかっこみ みっちゃんの元へ走るさつきちゃん。どうもさつきちゃんの対外の様子をみていると 力みなく友人ができたというより 友人を無事得て安心できた という寅卯天冲殺のニュアンスが感じ取れます。わたしのまわりの寅卯天冲殺所有者の方々は、「むしろ」友人が多い印象です。(東方を与えられていない漠然とした不安ゆえに) 交友関係を明るく見せる という面があると思います。そしてお母さんを (メイ以上に) とてもとても 求めたいのに 立場的にも本能的に率直に求めることができないところも。母を偶像視しているともいえる。



草壁メイ (妹)

予想: 辰巳天冲殺

4歳とまだ幼くても、メイは さつきのように気持ちを丁寧に言語化する方に意識がむかない子で これは辰巳天冲殺のありようです。お父さんが大学へ行く日、彼女は(他所の)おばあちゃんに預けられたのですが、姉が通う校門まで行ってしまいます。付き添ったおばあちゃんは「ごめんな。おねえちゃんのとこ行くって、きかねぇもんだから…」と言っています。推測ですが メイは「寂しい」だとか自分の心情を伝えることなく「おねえちゃんのところに行く」とだけシンプルに言い続けてたんだと思います。おばあちゃんが「寂しいのかえ?」と聞いていたとしても コクっと頷くか黙るか首を横に振るなど動作で反応していたことが目に浮かびます。それは子ども特有の気丈でも意地でもなく、辰巳天冲殺所有者は 自分の心を言葉で表すことが不得意なのです。できない。
そして、お母さんの体調が悪化したと電報が届き お姉ちゃんが泣いている姿や 皆の顔色を察知して「何も言わず・相談せず」目に見た情報判断し 即、自分の足で 七国山病院へ駆けて行きます。お母さんの元気の源、トウモコロシをもって。メイが辰巳天冲殺だとしたら「メイの行動=メイの真心の全て」です。辰巳天冲殺所有者は「ありがとう」などの言葉表現ではなく、行動や物品による表現が、それそのまま彼・彼女らの心なのです。お母さんに自力で会いに行く・トウモコロシがメイの「お母さん早く元気になってね会いたいよ」の体現だと思います。








(お母さんの草壁ヤス子さんは 「これ!」という確信が自分の中にないので 解析はなしです。)

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