【英語独習法 × 算命学学習】スキーマを仮設する




今週は2日間にわたる算命学の講義が待ち構えている

オンラインレッスンでは教室から授業で使用する資料が事前に送られてくる
現地受講でも 希望すれば 事前に送付してもらえる

前々回まで そのレジュメは レターパックの封は切らず
授業が開始するその瞬間に 初めて開く
という要領で授業に臨んでいた

授業内で先生の解説とともに フレッシュな情報が
流れこんでくることが気持ちよかったのだ


それが 自分にとって 非合理な受講の姿勢だと最近気づいた



授業は資料というより パワポと先生の解説を中心に進んでいく
資料の内容は ボリューミーな講義の玉石混在な情報から 砂や石を洗い流し
理解をするための最低限の重要情報を記載してある といった感じだ

砂や石が自分にとっては 重要なキーワードであるときがある

先生の授業は 重厚かつスピードが速く 「あ 今の言い回し 保存しときたい」
「ちょっと待って これはこういうことだから…んーと?」
と思って書き込んだり 納得しようと脳を回転させている瞬間に
次の話に移っている

そしてその言い回しにわたしが執着したために
次の話の糸口を見失い その初層を聞き逃して
もう本題で「何をいってるのかわかりません」
状態になって「聴く」→「聞く」になってしまうことが多々あった




これはめちゃくちゃもったいない
授業代は安くない
マリオパーティのミニゲームで 激流の速さに翻弄され
目の前にコインの列があるのにスルーしているようなものだ
この授業で 事前配布の資料以上のものを掴みたい

どこに岩があって どこに敵がいるのか
コースの概要を理解して コインをより多く獲りたい



自分のワクワク担保のため
袋とじなんてしている場合じゃない
予習だ 予習をして 事前に授業の概要を掴んでおく




学習の方法に於いて 最近 とても感銘を受けた本がある

英語独習法』岩波新書・今井むつみ著






これは英語学習の本だけど 言語学習に留まらず
普遍的な学習・記憶方法 を知るための有用な本だった


内容は 英語の実践的な問題集とか「日本人あるある」ではなく
そもそもの 英語母語の話者と日本語母語の話者の 着目の相違
認知心理概念「スキーマ」という暗黙の知識層 から 考察して
日本人にとって理にかなった学習方法を提示している


スキーマは 氷山の海に浸かっている部分



話は算命学に戻し この『英語独習法』を応用するのならば
袋とじ的(未知)な授業には予習をすることによって
この本の言葉で言うと スキーマをつくろうという試み


この スキーマ とは すでに五感に入ってくる情報を
脳にあるスキーマ部分で 無意識に・反射的に 取捨選択して
空白(未知) を推論することに役立つ
英語であれば 冠詞が出現した時点で あとにつづく名詞が
抽象的なものなのか 具体的なものなのか
共通認識下のものなのか 唯一のものなのか etc..
ニュアンスが変わってくる


実生活であれば 路地で前から 高さ横幅 2メートル くらいの
金属製で 左右対称にライトや突起がついた物体がこちらに向かってきたら
「自動車だ」と認知する (それがUFOだとしても)



今から起こるであろう、伝えられるであろう、何かを
過去の学習により構築されたその分野のスキーマによって
実際の雑多な情報の中から
目下の状況で
ざっくりとした情報のシルエットを掴むための
大切なエッセンスを選び取り
それによって
次の出来事や空白(わからなかった単語など)を推論する




算命学は 分類学でもあり 先生が洩らす何気ないワード
というか、どの算命学の教材や書籍にも散りばめられているであろうささいなワード
例えば「霊魂」「肉体」「空間」「時間」「小手先の」「自尊心」「闘争心」「真の」
などでも学習者は即座にそれを分類し (たとえば陰陽であったり五行であったり)
先生が意味深な部分では 何を言わんとしているのかを汲み取ることが
理解をリッチにさせてくれるんじゃないか

これが 授業では大切なことだと思っている
(その先生や著書自体が分類を意識的に使いこなせていることが前提)

口達者だとか話のペースが速かったり
口を開けば何か重要なことをサラっと溢してしまうような教授
テキストよりも、リスニングにお宝があるような授業をする先生
においては

その取りこぼしそうな、しかし意味深なワードに 注意を向けるために
スキーマを 仮設・仮説 でいいから 授業前に作っておくという下準備をした方が安心だ



リスニングは自分のペースで情報処理ができないので
知らない単語が出てきて、そこで情報処理が止まってしまったら、
その先に進むことが難しくなってしまう。

英語独習法 ・137ページ「リスニングのテスト問題は学習に不向き」 より





つまり 今回の授業では
どんな単語がでてきて どんな思想を学び どんな流れで授業が進むのだろう
ということを 把握する ということだ



その取り組み型が「自分の気質」にもかなりあっていると
この本を読んでさらに確信した

わたしはインプット・アウトプットともに 序盤はパッとせず
中盤から後半にかけて 解像度が飛躍的に豊かになる

事前に用意や準備がないと なんだって不安に思う。(若年期天禄星 司禄星)
だから突然予想だもしない風に話しかけられたり 質問をされると
意味不明な、解像度の粗い内容、もしくは綺麗事… が口からでてきて後悔する

準備もなしに挑戦的なことはできず 水面下で準備をして 外面はスマートに見せたいと思う








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