埃っぽく眩い • ターシャ・テューダー (VOL. 2)




前回の記事につづいて、

アメリカの絵本作家 そして庭づくりのプロ
18世紀のアメリカンスタイルを貫いた女性
… ターシャ・テューダーを分析してゆきます。


彼女に近しい人ほど感じる強いコダワリ


中心星は 和合協調性をあらわす「石門星」です。この星は守備本能の星ですから 頑固さ(変わりたくなさ) や コダワリを貫こうとする自我 をもちますが、それはストレートに現れず、プライベート(内)に現れたり 集団を通して実現させてゆきます。表面上は「そういう考えもありますねー」など 柔らかく対応することができますが、それは自分の世界を脅かされないためです。

でも ターシャの石門星 は 庚 という鉄鋼や岩石に表される因子から生まれています。現実世界には石門星という想念が 硬く鋭く 出てくるということです。なので、石門..草花のような 柔らかさは、本人(中心星) に歩み寄っていくほど 感じられなくなり むしろ彼女の世界に入れば 自己主張の強さだったりコダワリをストレートに感じることになるかもしれません。

東・西・北、と 愛情奉仕の星、「禄存星」が3つあります。
この禄存星は 乙 からできているので、女性らしく柔軟な愛情を表します。
彼女の家に訪問する人があれば「どうぞどうぞ。大変だったでしょう? 温かいお茶とクッキーの用意ができているの」「このローズは見事でしょう?」と、初対面の人であれ まずは柔軟に迎え入れることができるんだと思う。天馳も持っているし、人を排斥することはしない。
皆に満遍なく親切に対応するスキルをもつので その本心は把握できないようなものになります。

中心=自分自身の座、と考えるのならば 彼女の圏内に入れば入るほどストレートな自我を感じ 圏外であれば温かさを感じる。


ターシャは 思い描くスタイルを 幼い頃から貫いた女性。

田舎で営まれる 18世紀風の暮らし。
それを大切にしているから、自分の立ち位置において… 今ここにおいて それは 変えない

1961年、田舎の生活を 彼女ほど楽しむことができなかった夫とは 離婚。

中心星が四方を剋していることも踏まえれば、ターシャを取り巻く人たちが、むしろターシャに合わせていく感じ。でもそこに強要はない。自分がそうしたいだけだから。馴染めなかった人は 悲しいけれど離れていくしかないのかな。


時間と手間の積み重ね



南方の座は「やりたさ・欲望」
南方に表出している星をみれば、自分が根源的に何にワクワクするのか、のヒントを得られる。

ターシャは司禄星だ。司禄星という「コツコツ・積み重ねをしていきたい。集めたい。家庭をつくりたい。」という想念が 彼女の場合は樹木のようにストレートにでてくる。

古い家に惚れ込んだり 骨董を好むのは骨董店を営んでいたお母さんの影響もあるかもしれないが、古いものが好き…..つまり「時間を感じるもの」を大切にしているのだ。


価値のある良いことは、時間も手間もかかるもの

Tasha Tudor



手縫いのキルトや編み物・織物、手の込んだ庭、子育て、じっくり焼き上げる七面鳥、6月から準備をするテューダー家のクリスマス etc…

こいうものは一朝一夕で完成するものではない。その日..その日…と手入れして、12ヶ月、12年…とある程度の時間を経た時に ひとつの形になっているもの。それは一瞬でできてしまった物には感じられない 胸いっぱいの滋味をもつ。



けれど天馳星が2つ占めているので、その日においての 持続力はなさそうだ。
一点集中でガーーーっと物作りをしていく、というよりかは 楽しみの種をいろんなところに撒いて 毎日いろんなことを 少しずつやっていく感じ。


そういことが 本当に楽しいんだろうな。
家事も大好きだ、と仰っているしね。



現実世界の極み、精神世界の極み


命式の中の 天将は現実世界における極み。だとすると天馳は あの世..精神世界の極み。

天馳星は人間の一生で表すと「あの世」でしょう? けれどもっと生生しくいうならば「精子・卵子」。(算命学では)人は「肉体が死んだら 霊魂の分裂が始まる」という理がある。天馳星は分裂のピーク。

どちらもある意味 エネルギーが同じくらい大きいから、精神世界でも現実世界でも消費していないと肉体が弱ってしまう。

彼女が止まっているときは睡眠と日課のティタイムくらい?


このブログを書くにあたり 彼女の生き方に触れていると

リアルの世界はバーチャルに基づいて、バーチャルの世界はリアルに基づいて仕立てる。

という不思議なことが起きている。




現実世界では 人格化された人形や「雀の郵便屋さん」という仮想の郵便システムをつくり子供たちと楽しむ。一方、ターシャが仕立てる絵本の世界は、ストーリーもイラストそのものも、現実にもとづいて描かれている。登場人物も実在。風景も小物も生き物も、実物を見て描写。
夢みたいだけれど本当のはなし。


そして絵を描く理由は至って現実的。ドライ。

わたしは売るために絵を描いているの。生活のため、食べていくため、そしてもっと球根を買うためにね。

Tasha Tudor


想像と現実の境界線がない。矛盾なくひとつながりになっている。

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