午未天中殺、羊にやられる。高校時代のはなし。


カレンダーを見て おや、きょうは立春だなと気づく。



立春は干支暦の年始である。


干支暦旧暦で、旧暦の年始は立春ではない。


きょうから庚子のとしから辛丑のとしに入った。
そして今年も子丑天中殺グループのもうひとふんばりが始まる。あなたたちはタフだけども、無茶せず ひっそり ひっそり。



2月3日、カレンダーの日付に小さく [ みずのえ うま ]

だから午未天中殺グループのわたしは「天中殺の日」ということになる。

算命学が生業だからといって 細かいバイオリズムまで合わせる面倒なことはしない。それでも気づいた日にはカレンダーをみて「きょうは壬 → 丁(私)が剋される、突き動かされている! 陽×陰 だから..牽牛DAYかい..。」と脳トレ。



そうか、きょうは午かあー



そんなことを保育園から帰宅する自転車に乗って、自分の 宿命天中殺現象 について思いを馳せていた。

宿命天中殺: 時の流れで巡ってくる天中殺もあるが、中にはご自身の命式に天中殺の干支があるために、あるいは日干支が「甲戌 or 乙亥」の人は 一生涯天中殺という人生がデフォルトでハード設定の命式のことをいう。ただし、そうなると時の流れで巡ってくる天中殺の影響を受けにくい。






ウールにしやがれ事件


いま思えば高校生のときは宿命天中殺の悪影響をモロにうけていた。中高生という思春期の時代は ほとんどの人が何かに抗いたくなる時期。
天中殺に対する一種の処世術は「流れに身を任せる」ということ。そして「悪事をしても善事をしても、公にでやすいですよ」ということ。


思春期ゆえに流れに身を任せることができなかったよ。


その象徴たる事件がこれ。


高校2年生の10月。

通っていた高校は、温暖な静岡県の中でも積雪があるほど寒い地区にあった。というか、雪と戯れたいからその高校をえらんだ。
そして校則がユルいと評判だったその学校は 上の世代がやりたい放題だったために
わたしたちのひとつ上の学年から徐々にリニューアルした校則が起用されたのだった。


校則の黎明期。

生徒を制したい先生とルールの抜け道をつくる生徒。あたらしい抜け道が発生するたびに 出る杭はとりあえずうっとこ! みたいなノリで よくわからない 理不尽めいた校則もあった。

それがこれ、


11月から学制服のブレザーの下にカーディガンの着用が認められていたんだ。カーディガンは学校指定のものではなく、ユニクロとかそこらへんで買ったやつ。

前月の10月に「カーディガン着用のルール」なるA4用紙が各クラスの黒板に貼られていた。

わたしたちの制服は死ぬほど地味だったので、カーディガンでちょっぴり個性をだせることが嬉しっかた。待ち遠しかった。


イケてる先輩たちのカーディガン付き学生服のデフォルトがこれ。2年生になって、これができる!とホクホクしていたのに。




【冬服カーディガン着用のルール】

・カーディガンの裾は学生服から出てはいけない
・色は黒か紺。それ以外は不可。




その日、文系はひと足早く定期テストが午前中で終わって、午後、理系前の廊下がキンとする空気のなか友人2人とわたしは教室に残っていた。
このルールの理不尽な点について3人でひたすら文句を放っていた。


どこが理不尽か、て女子のブレザーの丈はちょうどお臍の少し下、丹田っていうのかな、そのあたりの長さだった。

それより短いカーディガンて….。
その時代、しかも田舎でみつけるのは難しい。どうしてもユニクロになる。


先生の模範どおりだったら、こんな着こなしになる。


(あれ…? いまみたら結構イケてる..? いまなら校則範囲内でシックな着こなしができるきがする)


すると友達のひとりがその紙に「は?無理だわ」的なことを鉛筆で書き始めた。

わたしはワクワクして、つづいてその紙の余白に羊と、綿花のイラストを添えて「ウールにしやがれ!」とかアホな絵を真剣に描いた。


友達爆笑。わたしも爆笑。


その次の週….


2年生の修学旅行のガイダンスが学年集会で終わったあと鬼みたいな形相で学年主任が前にでてきた。



「来月からカーディガンの着用がはじまります云々かんぬん。先日とあるクラスの着用のルールが落書きされていた!!!」

「きみたちは16,7歳ですよ!? ありえない。こんなんでは君たちを京都にいかせられない。」

「書いた(描いた?) もの。いま手を挙げなさい。」



!?!?!?!?!??!?!?!??


血の気がひいた。となりのくらすの共犯の友人と目が合う。もちろん手をあげない。こんな200人の前であげられるわけがない。

心臓がバクバクして、帰り道、友達と「どうする?」と話した。
「行かないでしょ、ふつうww」と楽天的な友人。
怒声が大嫌いで怒られないためなら如何なる努力もおしまない自分は、
この非常事態に傷つき布団で泣いた。



そしてちょうど次の日に11月になった。
月初は学校集会だ。


校長とか生徒会の話が終わって、解散も間近になったころ。生徒課の、ハンドボール部顧問の、おっかない体育教師が教壇を前に白い紙をだす。


まさかね。


「今日からカーディガンの着用がはじまります云々かんぬん。ごにょごにょ。」

!?!?!?!???!?!?!??!?!?!?!?!??!?!?!??



「…..んで、この紙だが、羊が描いてある!!ほら、しかも地味に上手いし!笑」
「心当たりがあるもの、職員室にきなさい。笑」


先生、わろてるやん。


体育館爆笑の渦。


わたし、倒れそう。
生きている心地がしなかった。




………………….

ああ、そうか


わたしが午未天中殺だからだな。


羊を描いたからだな。

(※算命学で馬か羊を描いたら炎上するという理論はありません)

ちなみに共犯のもう1人の友人も生月中殺だわ。同志のコラボだったんだ。


兵庫県の号泣 元県議会議員、も宿命二中殺だけど 悪事も善事もぶっとぶのですよ。
公になって、炎上して、そして不思議とそれが笑いになったり。

N村さんがしたこと自体は社会からみて悪だけど、国民に呆れと笑いを与え、マスコミも、Youtube ではコラージュ動画とかも大変盛り上がった。そこらへんの議員より、経済回して社会貢献したのでは。とすら思う。

キンコン 西野亮廣も、生年中殺&互換中殺 で、炎上の使い手だよね。


塞翁が馬よ。




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