お金は現実の最たるものだ




わたしは昨年から個人事業主として税務署に開業届を出をだしている。屋号は「三河展示室」その名の通り本来は画業だったんだ。絵なり彫刻を造って、売るというもの。

それは、息子を保育園に入れると言う大義名分である。
(居住している地域はのフル保育園は、共働きでないと出願できない。)


保育園に願書をだすこともお金を得たい理由も、算命学の習得に収斂される。


わたしは手元にあるお金も、時間も許される限り今は「知的好奇心を満たすこと」にそそぎたい。

算命学ってそんなに金かかるのんかよ、と問われれば YES。わたしは二つの学校で教えを受けていてまずその授業費。生徒さんもわたしより年上がほとんど。長年の貯蓄もあり、子がいれば子育ても落ち着いてある程度お金に余裕がある層だと思う。わたしのクラスでは自分が一番若い。
さらに算命学の根本を知る中国古典もコレめちゃくちゃ楽しくて、基礎をとらえるにはいつも手元においておきたい。しかしそんな書籍は入手困難でして、中古でも元の価格の3倍とかする。(図書館でも置いてあるところは置いてある。) 陰陽五行思想は算命学だけじゃなく四柱推命も易も東洋医学も整体も気功も武道も…多岐にわたる分野の礎なんだよね。だから需要と出版の供給が追いついていないんだと思うな。




2月に入って 「保育園保留」つまり落選の通知が役所からとどいて、このブログのギャラリーも他で販売していたものも即取っ払った。落選という選択肢が今の自分に相応しいのだろう。これでやってけ、と。



いまもこれからも勉強は果てしなくつづく。わたしは収入がいまゼロ、むしろ赤。


車の中で夫に「授業料が出せなくなったら、かしてほしい。」と、かまをかけたら「いいよ。」と。
その「いいよ。」を聞いた時に、ジャっと冷や水をかけられたような気がした。


あ、もうやろう。自分でやろう。いつまで夫の優しさの中でこうやっているんだろう。



いまやタリーズコーヒーで働く気にはもうならない。わたしはその時間に繰りたい書物が山ほどある。書きたい思想が山ほど。スキルを磨くこと + そのスキルを磨く資金を得ること、が同居する、これが道だ。



夫から「いいよ。」と言われた日から今まで、2週間もなかった。
そこから猛スピードで実務(算命学)以外の、マーケティングや価値論を、勉強・思考・試行している。(車騎+牽牛)×天南….発揮…苦笑
もう寝ている間もアイディアが浮かんで枕元のノートにメモ、翌日に練り上げ、そして改良し、それを繰り返してきた。




「もうナナは経営者だね」と夫に言われる。揶揄?笑





人生でいちばん、お金やものの価値、自分の役目役割について考えた。真面目に本屋でマーケティングの本を2冊買った。1冊は読むのを放棄して、結局自分独自のやり方が主軸になりそうだ。


マーケティングではないけど、わたしを鼓舞してくれたのは 長野県東御市にある《パンと日用品の店 わざわざ》の店主、平田はる香さんが実費出版した『わざわざの働き方』という冊子だ。平田さんのことは note で知って、3年前くらいにこの冊子を購入した。そして読むことなく3年間も本棚で発酵させ、いま開くことになった。これを喫茶店で真剣に読んだ。育児をしながらお店をはじめた平田さん。その情熱と冷静さが移植されるような文章だった。


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なぜお金を得るのか。

というと「仕事をするためにお金を得たい」というパラドックス的な結論に達する。会社員時代は「お金を得るために仕事をする」だった。家賃のための、Amazonで布団乾燥機を注文するための、週末の整体代のための仕事だった。


仕事するためにお金を得たい、手段と目的が逆転してる。
コスパ悪いんじゃ。むしろ赤ww
でもこれが自分を満たす、納得の結論。


技術問題

どんな素敵な鑑定アイディアが浮かんだとしても、わたしに摩擦をかけるのは、「お前まだ後天運とか結婚占技、習得しきってねーじゃん!それで大丈夫なん!?」ということだった。


そこでクライアントの、ニーズを満たすってなんじゃろ?と考える。


じつは何年か前に、この道何十年というベテランの先生に文章ベースで鑑定してもらったことがある。その先生のことは今でもとても参考にしている。しかしそれとは別に、商品としては「これで、この価格を頂けるんやな」と思った。圧倒的なボリューム、情報量。あのときは算命学を独学していて概要を掴んでいたからこそ文章をまあまあ解読できた、けど、これ一般の人、立ち尽くすしかないよなと思う。宿命から読み取れる単品を思いやりなしにすべて陳列しているような。それでニーズがあるなら、満ちている人もいるのだろう。

先月、顎が痛い気がして、初診で本に掲載されていたベテラン歯医者に行ったら「親知らずが圧迫しているのかもしれないし、顎関節症かもしれないし、歯茎の炎症かもしれないし、歯軋りかもしれないし、神経が死んでるのかもしれない。」とレントゲンを前に思いつくままの可能性を羅列され、その可能性の数だけ不安を抱えて帰宅した。


占技の引き出しの多さ = クライアントの満足度なのかと問うたらそれはNOだとおもう。


できることと、できないことを明示しよう。できないことはしない。

それは、お客さんの痒いところに、この鑑定士の背丈じゃ届かないと
お客さんが事前にわかるしくみでもある。

できることを使ってお役に立てる自信はあるから、そこで工夫してやりくりすればいい。
そのときどきの、持っているものを使って、丁寧に鑑定しよう。と思う。




きょうは舞台裏を、長くお話しまいました。
ひきつづき、お金の話を書いていこうと思います。


ここまで読んでくれた方どうもありがとうです。

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