悩んでいるのは暇な人





悩んでいるのは 暇な人

悩んでいるのは 暇な人..





これ、浪人していた美術予備校の講師、ハタモチさんが私に仰った言葉です。




ハタモチさんという人物は デッサンとか色彩などの実技ではなく
美大受験向けの学科…国語や英語を教える唯一の講師でした。


その予備校は大正時代に建立された木造平家なのですが
高校の友人(現所長) が運営しているから、と
平家の屋根裏に寝泊まりするようになって
そのまま講師になってしまったという… 不思議なおじさんです。



イーゼルを前に 鉛筆をもって 手を動かすことが
浪人をしたもののあるべき姿ですが

当時19歳のわたしは 暇だったんでしょうね
悩み(思考) をこねくり回してをして 手を動かさなかった



若者によくあるように
西洋哲学や精神世界にも傾倒していました

イーゼルを前に「自分」というものを 内観して
それがなによりも高尚なこと
だと思っていたのですね

手を動かさないくせに
「どうやったら上達するのか」をひたすら思考し


悩みを自分で作っては
その 悩み を蹴鞠のマリとして
わたし 対 自分 で
ぽんぽん ぽんぽん こねくりまわしていた




そんな折

「どうしたらいいかわからない」だとか

職員室で 実技講師にこぼしたら
同室でパソコンに向かっていた
ハタモチさんがフワッと振り返って
冒頭の言葉 「悩んでいる人は 暇な人」 と言ったんですよ



そしてまたスッとパソコン作業に戻ったハタモチさん




これは熱血的・体育会的な意味として呑み込みました



印象に残ったものの
その当時は その真の意味が腑に落ちなかった








真意がわかったのは 24歳


入社した会社は 革命中で
どういうわけか 身の丈に合わない
プロジェクトのリーダーになってしまった
(年運天冲殺あるある)


先達もなし 指導者もなし 心細い
ひたすら調査 ひたすら作業 ひたすら前進



不安でも それを感じたままに
行動の連続




そうやって猛烈に作業をしている渦中に
些末に思える案件を

「 ど う し た ら い い か わ か ら な い 」

という会話

毎日 毎日 耳に入ってくる




悩んでいる人は 暇な人




ハタモチさんの フレーズが 蘇る


そういうことでしょうか?


悩んでいるうちはきっと
悩みから本気で脱出しようとしていない姿


いま 一番望んでいることは いま やっていることだ
いまやっていることは 無意識のうちに
叶えてきたことの 成れの果てだ


悩んでいる人は
悩んでいることの滞在を いま一番に望んでいる
変わらないことは 居心地がいい




悩みや不快感は雨だれが水面に円を描くように
自然現象として
誰にでも心に現れ また消える

それに手を出して 円を増やすか
手を出さないでおくか
行動するか しないか


究極に悩んでいる人 肉体が苦しい人は
悩みや痛みを吐露している余裕なぞないとおもう
つらいままに行動して そして自ずと打破しているか
悩み過ぎて 痛過ぎて 空になって 消滅するだろう

だから悩みを 究極にするために悩み
しみじみ味わうべきだと


悩みを気軽に表にだしたら
それで球蹴りが始まってしまう
膨らんで 膨らんで ただの木阿弥







それが目的なら 遊戯だけど

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